テディベアとは
テディベアとは、世界中で愛されている「クマのぬいぐるみ」の総称です。
テディベアに厳密な定義はありません。現在では、手作りの高級品から親しみやすい玩具まで、クマのぬいぐるみ全般がそう呼ばれています。
名前の「テディ」は、アメリカ第26代大統領セオドア・ルーズベルトの愛称に由来します。彼が熊狩りの際に見逃した子熊の話が新聞で話題となり、それにちなんで名付けられました。また、英語の「bear」には「実る・結ぶ」という意味があるため、縁起の良い贈り物としても扱われます。
世界初のテディベアを作ったのは、ドイツのシュタイフ社で働いていたリチャード・シュタイフです。1902年に、頭と手足が動くクマのぬいぐるみ「55PB」を設計しました。会社の創業者である叔母のマルガレーテ・シュタイフが、ブランドの礎を作りました。モデルとなったクマはアメリカグマです。
テディベアの歴史
テディベアの歴史は、1902年、ドイツ シュタイフ社のリチャード・シュタイフが、良質なモヘア地を使い、 頭・両手・両足を動かすことのできる5ジョイントのくまのぬいぐるみ「55PB」を開発したことから始まります。 そして2002年、このくまのぬいぐるみが生誕100年を迎えました。 100年という長い年月の間、テディベアは常に変化し続けてきました。 目は、最初の木や皮で出来ているブーツボタンからガラスへと変わり、現在はプラスチックの目が多く使用されています。 素材は、当初からモヘアフラシ天が使用され、物資の不足した戦時中には代用素材が使われたこともありました。 詰めものは、木毛からパンヤ、そして現在の主流は化繊綿へと変わっています。
テディベアの年表
| 1902年 |
![]() アメリカ第26代大統領セオドア・ルーズベルトが、熊狩りで小熊を撃つのを断った美談が新聞で話題になる。 |
|---|---|
| 1902年 |
![]() ドイツのリチャード・シュタイフが手足の動くクマの試作品「55PB」を考案する。 |
| 1903年 |
![]() 1903年~1908年にかけ、シュタイフ社は工場を3度も拡張。この時期を“ベア年”と呼ぶ。モリス・ミットムは、アイデアル・ノヴェルティ社を設立し、アメリカ初のテディベアメーカーとなる。 |
| 1903年 |
ドイツのシュタイフ社がライプツィヒの玩具見本市でクマのぬいぐるみを発表し、大ヒットする。 |
| 1904年 |
シュタイフ社では、糸ジョイントの「35PB」、金属ジョイントの「28PB」を新しく開発。また、フランツ・シュタイフの考案で、すべてのシュタイフの製造品には、ゾウが刻印されたメタルのボタンがつけられることになった。 |
| 1905年 |
シュタイフ社では、現在の標準仕様となっているディスク・ジョイントの「PAB」が誕生。 |
| 1906年 |
5月、玩具業界誌≪プレイシングス≫に初めて“テディのベア”が掲載される。 |
| 1907年 |
アメリカで第一次テディベアブームがピークを迎え、シュタイフ社が年間約97万体のベアを生産する。 |
| 1908年 |
J・K・ファーネル社により、イギリスのベア産業が開始される。 |
| 1910年 |
![]() BING社(G.B.N.Gebrüder Bing Nurembergケブリュダー・ビング・ニュルンベルク)のタンブリングベア、後のリッティ君が誕生する |
| 1913年 |
![]() ヘルマン社初のベアが製造される。 |
| 1914年 |
1914年~1915年、イギリスでドイツ製品の輸入が禁止されると同時に、ぬいぐるみ産業が起きる。 |
| 1921年 |
![]() A・A・ミルンが息子の誕生日にクマのヌイグルミを贈り、これがのちの「くまのプーさん」のモデルとなる。 |
| 1921年 |
![]() シュライヤー社が「シュコ」を商標登録し、イエス・ノー・ベアで特許を取る。 |
| 1925年 |
1925年~1928年、2色混じりのモヘヤが普及。様々な新案のベアが製造される。 |
| 1926年 |
![]() ピエロ帽と飾り襟をつけたベアが人気を博す。10月、「くまのプーさん」をメシュイン社が出版。 |
| 1929年 |
経済恐慌の影響で粗悪なテディベアが製造される。人絹のベアが初めて広告に登場。 |
| 1930年 |
![]() メリーソート社、創業。 シュタイフ社、後に他社に影響を与えることになる個性的なテディベイビーとディッキーを発売。 |
| 1938年 |
![]() チャド・バレー社にエリザベス女王より王室御用達認可証が授与される。 |
| 1940年 |
1940年~1945年、材料不足のためメーカーは生産高を減らし、代用布地、今までより短い四肢や鼻面のデザイン、ジョイントなしの首などにより節約作をとる。 |
| 1944年 |
![]() 「スモーキーベア」が全米森林火災防止キャンペーンのシンボルとなる。 |
| 1945年 |
身近にある材料でベアが作られた。シープスキンをモヘアの代用品に、サブ(繊維くず)がパンヤの代わりに使われる。 |
| 1947年 |
1950年~1953年、合成繊維が初めて商品に使用される。 |
| 1953年 |
![]() 「スモーキーベア」が全米森林火災防止キャンペーンのためにアイディアル社によって製造される。 |
| 1955年 |
![]() ウェンディ・ボストン社は、洗濯機で洗えるベアの実演宣伝をBBCテレビで開始。フランスのブルゴム社が同様のベアの製造を開始。他のメーカーもこれに続く。 |
| 1957年 |
![]() メリーソート社が耳に鈴の入った「チーキー」を製造。他のイギリスのメーカーもこの特徴を模倣 |
| 1958年 |
![]() マイケル・ボンドが「くまのパディントン」をイギリスで出版 |
| 1960年代 〜1970年代 |
実用的なおもちゃから、大人の収集品(アンティーク・コレクターズアイテム)としての価値が注目され始める。 |
| 1985年 |
『グッド・ベアズ・オブ・ワールド』国際団体により「国際テディベア年」と定められ、ベルリンに世界初のテディベア博物館が開館する。 |
| 1990年代 |
![]() 世界各地でテディベア博物館(日本国内では伊豆や蓼科など)が相次いでオープンし、アーティストベアの人気が高まる。 |
| 1993年 |
![]() 日本テディベア協会発足 |
| 1998年 |
![]() 10月27日 ルーズベルト大統領の誕生日にちなみ、「テディベアズ・デー(記念日)」として日本テディベア協会が制定。その後、2019年には日本記念日協会にも正式に認定・登録される。 |
| 1998年~ 2026年 |
![]() 現在に至る Ritti Bear リッティベア 大阪市西区阿波座にテディベアのテーマカフェとしてオープン |
| 2002年 |
![]() テディベア生誕100周年 |
| 2019 |
![]() リッティベアがテディベア基金に500,000円を寄付し日本テディベア協会から感謝状を受賞しました。 |
| 2020年 |
![]() リッティベア生誕110周年記念品 サクマ ドロップス |



















































